インドの母なる大河ガンジス河。 聖水で沐浴する巡礼者から火葬されずに投げ込まれた死体まで、生あるものも死せるものも区別することなく無言で受け入れ続けるガンジス河は、まさしく輪廻転生を啓示していると言っても過言ではないでしょう。
そんなガンジス河の「清浄作用」に正面から向き合って研究した人が19世紀にいました。
今回はガンジス河の清浄作用とバクテリオファージの意外な関係について、過去の研究やインド連合水資源省の調査を引用しながら紹介していきたいと思います。
実は19世紀にファージの作用が観測されていた??
英国の微生物学者アーネスト・ハンキンは1896年、インドのガンジス川とヤムナー川の水にはビブリオ属コレラ菌(コレラの原因菌)を殺す物質が含まれているとする論文を発表しました。
コレラは治療しなければ死に至る可能性もある腸感染症です。ハンキンは、ガンジス川近くの村ではなぜかコレラなどの腸感染症の発生数が少ないことは川の殺菌作用と何か関係があるのではないかと考えたのでした。
ハンキンは論文の中で、コレラ菌はガンジス河の水の中では数時間以内に死ぬ一方、コレラ菌は精製水の中では2日間生き延びたことを指摘しました。また、ろ過した後もガンジス河の水は殺菌作用を持っていた一方、加熱後のガンジス河の水には殺菌作用はないことを報告しました。
このことから、ハンキンは、ガンジス河の水には「揮発性の殺菌成分」が含まれているのではないかと考えました。
また、ハンキンは、ガンジス河の水は一部のコレラ菌株に対しては効果がなかった一方で、ヤムナー川の水はその菌株に対して殺菌作用があったことを報告しています。
ファージは熱に弱いこと、さらにはファージには宿主特異性があることから感染できる細菌は非常に限られていることを考えると、ハンキンの記述はファージの特徴と一致しています。
もちろん、今になってからハンキンが目撃した殺菌作用が本当にファージによるものだったかどうか立証することはできませんが、バクテリオファージの名付け親であるデレーユをはじめとする後年の学者は、ハンキンが見た現象はバクテリオファージによるものだった可能性が高いことを指摘しています。
本当にガンジス河にバクテリオファージがいるの?
ハンキンの研究だけでは果たしてガンジス河にバクテリオファージがいるのかが分からないので、インドで行われたある調査を紹介したいと思います。
インドのナーグプル国立環境工学研究所(NEERI)は2016年、連合水資源省の委託で、ガンジス河、ヤムナー川、ナルマダー川にいる細菌やバクテリオファージの種類や数を調査しました。
評価のための菌として、大腸菌、サルモネラ菌、ビブリオ属、エンテロバクター属、赤痢菌がガンジス河、ヤムナー川、ナルマダー川から分離され、それらを標的とするバクテリオファージの数と比較されました。(※) ※バクテリオファージは通常、標的とする菌と一緒に発見されます。
この研究の結果、ガンジス河にいるバクテリオファージの種類は他の川と概ね同じであったものの、ガンジス河には他の川よりも多くのバクテリオファージが生息していることが示唆されました。
ガンジス河で、分離されたバクテリオファージの数は菌の3倍以上ありました。この割合はヤムナー川、ナルマダー川のサンプルと比較して遥かに大きいものでした。
また、同じ川でも採取場所によってバクテリオファージの割合が異なることが分かりました。 ガンジス河上流のガウムク~テイリ区間で採取されたサンプルに含まれていたバクテリオファージの数はマーナー~ハリドワール区間およびビジノール~バラナシ区間のサンプルと比較して33%多いという結果になりました。そして、下流のパトナ~ギャンガサガー区間のサンプルには、ガウムク~テイリ区間のサンプルの60%しかいませんでした。
なぜガンジス河と他の川とでバクテリオファージの比率に差があるのかは不明ですが、もしかするとガンジス河が聖水として昔から崇められてきたのには実はバクテリオファージが絡んでいるのかもしれませんね。