バクテリオファージ(以下ファージ)は、特定の種類の細菌にしか感染することができません。
今回は大腸菌をターゲットとするT4ファージを例に、ファージがどのようにターゲットの細菌を識別して感染するかについて、詳しく解説したいと思います。
T4ファージの形
T4ファージの構造を下の図に示します。
ファージはヘッドとテール、およびロングテールファイバーから構成されています。
ヘッドには二本鎖のDNAで構成される遺伝子が入っています。
ヘッドとテールのつなぎ目には6本のウィスカー(ヒゲ)が付いています。ファージが細菌に取り付くまで、ウィスカーはロングテールファイバーと結合し、強風で裏返しになった傘のような形をしていると考えられています。ロングテールファイバーを保護しているのでしょう。
胴体にあたるテールはタンパク質の筒であるチューブとそれを取り囲むジャバラ状のシースからできています。テールの下部にはベースプレートが付いています。テールとヘッドを合わせた長さは約200nm(0.0002mm)あります。大腸菌の長さは約2nm(0.002mm)なので、その約1/10の大きさということになります。
ファージが細菌に感染するまで
T4ファージが細菌に感染するプロセスは大きく4段階に分けることができます。
- ✓第1段階:ファージと細菌の可逆的な結合
- ✓第2段階:ファージと細菌の不可逆的な結合
- ✓第3段階:コアの挿入
- ✓第4段階:DNAの挿入
第1段階:ファージと細菌の可逆的な結合
T4ファージのロングテールファイバーはターゲットの細菌の目印(レセプター)を見つけて、細菌の表面にくっつく上でとても大きな役割を果たしています。
ロングテールファイバーの先端にあるリガンド分子は大腸菌の外膜に存在するレセプター分子(外膜タンパク質C(OmpC))と結合します。
レセプターは細菌によって異なります。ファージのリガンド分子はそれに対応した構造のレセプターでなければ、レセプター分子と結合することはできません。つまり、ここで結合できるかどうかがファージの宿主域を決めるというわけなのです。
ファージは自分の動きをコントロールするための器官を持っておらず、自力で動くことはできません。そのため第1段階での結合は偶発的な衝突(ブラウン運動)によって引き起こされます。
因みにロングテールファイバーのないファージでは細菌への感染が起こらないことから、ロングテールファイバーのレセプターへの結合は必須の過程だと考えられています。
第2段階:ファージと細菌の不可逆的な結合
テールの下にある6角形のベースプレートにくっついているスパイクタンパク質が細菌表面にある第二のレセプター分子(リポ多糖(LPS))と結合します。スパイクタンパク質が細菌表面にある第二のレセプター分子(リポ多糖(LPS))と結合するまで、ファージの脚はくっついたり外れたりしています。
スパイクタンパク質に欠陥のあるファージの場合、次の第3段階でテールの収縮に際して、ファージが細菌から外れてしまうので、スパイクタンパク質にはファージを細菌表面に固定する役割があると考えられています。
第3段階:コアの挿入
6角形のベースプレートが星形に変形し、同時にシースが収縮し、チューブ先端のコアが細菌の外膜に降ろされます。
シースの収縮により、ベースプレートは引き上げられ、中心部のコアが突き出されます。そしてコアが細菌の表層内に挿入されます。
第4段階:DNAの挿入
細菌表層の中に入ったコアの先端が開かれ、ファージのDNAがコアを通って細菌の中に入っていきます。
コラム:ファージには何でテールやロングテールファイバーがあるの?
動物に感染するウイルスはテールやロングテールファイバーがありません。
動物ウイルスがレセプターに結合すると、ウイルスごと細胞に取り込まれ感染が成立します。
一方でファージは細菌に結合すると強固な細胞膜を貫通し、ファージの遺伝子だけを細菌に注入する必要があります。
遺伝子注入の際はロングテールファイバーやスパイクタンパク質でしっかりファージ本体を固定し、力んで注入するのです。
ロングテールファイバーやスパイクタンパク質は遺伝子注入に最適の形状と機能を持っているのです。