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【丹治先生に聞く】抗生物質耐性菌問題とは何か

2021.12.28

この記事の目次
  • ✓なぜ製薬会社は新しい抗生物質の開発に積極的ではないのか
  • ✓抗生物質耐性菌とは何か
  • ✓抗生物質耐性菌の影響

なぜ製薬会社は新しい抗生物質の開発に積極的ではないのか

開発にかかる期間と費用

現在はコロナ一色の世の中ですがコロナが収束した後、今度は抗生物質の効かない抗生物質耐性菌がじわりじわりと広がり、「効く薬がない」状況が世界中で起こるという話を聞きました。 今回のコロナ禍で「薬がない」 という怖さをひしひしと実感しました。 抗生物質耐性菌が大きな問題になっているにも関わらず、製薬会社は新しい抗生物質の開発に前向きでありません。どうしてでしょうか?

まずこちらが医薬品の研究開発に要する期間 です。

これは耐性菌をコントロールするための抗生物質の開発に限ったことではなくて、医薬品一般に言えることですが、医薬品の研究開発には10年以上の期間が必要で、成功確率は年々低下しています。 例えば10年前、1.3万の候補薬を研究し、その中で実際に薬として認められたのは1種だけでした。それが4年前(2017年)のデータだと1種の医薬品を開発するのに2.5万の候補薬を研究する必要がありました。

医薬品の開発には、どうしてこんなに長い期間が必要なのでしょうか。

医薬品上市までの流れをステップごとに説明します。 まず薬物標的の同定を行います。例えばコロナの場合、コロナウイルス表面のスパイクタンパク質に結合しそうな薬物の候補を選び、その中からリード化合物を発見します。そして、リード化合物の効力をさらに高めるために、化学的な修飾を行います。 次に試験管の中でその効力を確認します。それから動物実験で効力を確認します。その後で初めてヒトに対する臨床試験に入ります。臨床試験に必要な期間は3~7年間です。臨床試験の後、新規候補薬を申請して承認を得るまでに1~2年かかります。 コロナの抗ウイルス薬はこれよりもずっと短い期間で開発できたのですが例外的な事例です。

上の図は1社当たりの研究開発費です。2004年には約621億円でしたが、2017年は1414億円でした。以前と比べると、多額のお金を投資しないと薬を開発できないのです。

抗生物質の上市の数

どうして新たな抗菌薬の上市がどんどん減っているのかということを抗菌薬の開発の歴史から見ていきましょう。 抗菌薬は2つに分けることができます。1つは化学的に合成した抗菌薬、もう1つはバクテリアなどの生物によって作られる抗菌薬で抗生物質と呼ばれます。 最初に発見された抗生物質はペニシリンで、1928年にイギリスの微生物学者であるアレクサンドル・フレミングによって発見されました。その後、たくさんの抗生物質が次々と発見されました。ペニシリンの大量生産の技術が確立されたのは第二次大戦のさなかでした。ペニシリンによって救われた命はたくさんあったわけですね。その後、1980年代まではさまざまな抗生物質が開発されました。

上の図は日本で承認された新規抗菌薬の数ですが、最近ではどんどんその数が減っています。2010年以降、3種類の抗菌薬しか上市されておりません。

抗生物質の収益の見通し

どうして新たな抗菌薬の上市がどんどん減ったのでしょうか。

次の図は2014年から2016年に発売された新薬の収益見通しです。

抗がん剤は患者への投与期間が長く薬価も高いため多額の収益が見込めます。 一方、抗菌薬は収益の見通しがマイナスになっていますね。新たに抗菌薬を開発しても最初から1億ドル(約110億円)の赤字が見込まれるということです。抗菌薬は抗がん剤に比べ投与期間が短く、新規抗菌薬を開発してもすぐに効かない耐性菌が出現することが製薬企業の開発意欲を削いでいるのです。

抗生物質耐性菌とは何か

抗生物質耐性菌についてもう少し詳しく紹介したいと思います。

寒天培地に大腸菌を塗布すると大腸菌が増殖し次の日には寒天表面に白い膜ができます。大腸菌の塗布と同時に青カビの胞子を5つまみの撒くと、カビが「ある物質」を分泌し、大腸菌の増殖を抑え透明な寒天が円形状に残ります(上の図)。「ある物質」は用いたカビの名称(Penicillin)に由来し、ペニシリンと名付けられました。

これはペニシリンの化学構造式です。一つ大きな特徴があり、炭素、酸素、窒素と水素から成る四角形のベータラクカム環(β-lactam ring)構造を持っています。ペニシリンを使い始めるとペニシリンに抵抗性を獲得したペニシリン耐性菌がすぐに出現しました。

抗生物質耐性菌とはどういうものかをまとめたのが上の図です。色々な耐性機構があります。ペニシリン耐性菌の多くは上の図の赤い四角形で示した構造(β-lactam ring)を加水分解するβラクタマーゼという酵素によりペニシリンを分解します。ある種の抗生物質耐性菌は抗生物質を化学的に修飾し、違った化合物に変換することで抗生物質の効力をなくします。また、ある耐性菌は菌体内に入った抗生物質を排出するポンプを合成し耐性化します。

上の図はWHOが公表しているさまざまな抗生物質耐性菌のリストで、開発の緊急性が非常に急がれるもの、高いもの、中ぐらいのものに分けてあります。

抗生物質耐性菌の影響

ヒトにおける薬剤耐性率

ヒトから分離された細菌のなかで耐性菌の割合をまとめたのが次の図です。

日本で分離された肺炎球菌の約48%がペニシリン耐性でした。メチシリンという抗生物質に対して耐性化していた黄色ブドウ球菌の割合は51%。この2つが日本において他の国に比べ特に耐性化率が高いことが分かりました。緑膿菌は、カルバペネムという抗生物質に対し耐性化している率が17%でした。

肺炎の原因菌

上の図は1947年から2017年までの日本人の死因の変化を示したもので、終戦直後の1947年、一番の死因は結核だったんですね。しかし、ストレプトマイシンが日本で使えるようになり、結核による死者数は激減しました。しかし結核による死者数は底をはっていますが、ゼロにはなっていません。 2017年の死因で一番多いのは悪性新生物(ガン)、2番目は心疾患、3番目は脳疾患を超え肺炎です。肺炎でなくなる方が2020年には13.6万人に達したことから、まだまだ日本は感染症を克服したとは言えない状況が続いています。

肺炎で亡くなった方から原因菌を分離同定した結果が上図です。一番多いのは肺炎球菌。黄色ブドウ球菌は3番目に多いことが分かります。日本において肺炎球菌と黄色ブドウ球菌は約半数が抗生物質耐性化していることから肺炎に罹患しても抗生物質で直せない可能性が高いと言えます。緑膿菌や大腸菌も高い率で耐性化しています。 肺炎の中で、誤嚥性肺炎があります。嚥下というのは飲み込むという意味です。本来、噛んだ食物は食道を通り胃に運ばれますが、高齢になると嚥下機能が低下し、飲み込んだ食物が誤って気管に入り、唾液や食物に存在した菌が肺の中で増え炎症(肺炎)を起こすことがあります。飲み込んだ菌の中に抗生物質耐性菌が含まれていると肺炎を抗生物質で制御できずに死に至る可能性が有るわけです。

耐性菌による菌血症での死亡者数

もう一つデータをご紹介します。 菌血症(血液の中にいる菌が各器官の機能を低下させる病気)で亡くなった方から分離された菌の中に、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、フルオロキノロン耐性大腸菌(FQREC)がどのくらいいたかを示したのが下の図です。合計すると8000人くらいの人が耐性菌による菌血症で亡くなったということが分かります。

こういったデータを集めれば日本における抗生物質耐性菌の問題性がもっとクローズアップ出来ると思うのですが、なかなかデータが出てこないので、肺炎と菌血症のデータを紹介しました。こうしたデータから見て取れるようにわが国においても既にじわじわと耐性菌の問題が顕在化していると考えます。

上の図は2013年の世界に於ける原因別推定死亡者数(青)です。彼らの予想によると2050年には、抗生物質耐性菌による死者数はガンを超え1千万人になるだろうということです。

抗生物質耐性菌の怖さが身にしみました。

このインタビューは動画でもご視聴いただけます

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